Tuesday Aug 13, 2024

土まんじゅう

ある日、金持ちの農夫は中庭に立って、畑と庭を見ていました。麦は力強く大きくのび、果樹は果物で重くたれていました。一年前の穀物はまだ床にぎっしり山になって、たるきが重さに耐えられないくらいでした。それから、家畜小屋に入ると、栄養たっぷりの雄牛、太った雌牛、鏡のように光っている馬がたくさんいました。しまいに居間に戻り、金を入れてある鉄の箱をちらりとみました。
こうして財産を調べ立っているうちに、突然すぐ近くで戸をたたく大きな音がしました。それは部屋の戸をたたく音ではなく、自分の心の戸をたたく音でした。その戸が開き、自分に言ってる声を聞きました。「お前はその金で家族にいいことをしてやったか?お前は貧しい人たちが苦しんでいることを考えたことがあるか?腹がへっている人たちにパンを分け与えたことがあるか?お前は自分の持っているものに満足してきたか?それとももっと欲しいと思ったか?」心はすぐ返事を出しました。「私は心が冷たく、人に憐みをかけることがなかった。自分の家族にやさしさをみせたことは一度もなかった。物乞いが来れば、私はそっぽを向いた。神様のことで悩むことなく、自分の財産を増やすことばかり考えていた。空の下にあるもの全部が自分のものになっても、やはりこれで十分だと思わなかっただろう。」この返事に気づくと、農夫はひどく不安になって膝ががくがくし出し、座るしかありませんでした。
すると、また戸をたたく音がしました。しかしそれは部屋の戸をたたく音でした。それは隣に住んでいる貧しい男でした。たくさんこどもがいて、もう満足に食べ物をやれなくなったのです。男は、(隣は金持ちだが、金があると同時に冷たい心の人だとおれは知っている。だが子どもたちはパンが欲しくて泣いているのだ。だからやってみよう。)と考えました。
男は金持ちに言いました。「あなたは自分のものを簡単には人にあげません。だけど、私は頭の上まで水が上がってきているように感じてここに来ているのです。私の子供たちは食べるものがなくて死にそうなんです。私に麦を4袋貸していただけませんか。」金持ちはしばらく男をみつめていました。それから憐みの心がきざしてきて、欲深さの氷が少し解けました。「4袋は貸さないことにするよ。」と金持ちは答えました。「だが、8袋あげよう。但し、一つ条件がある。」「何をすればいいんですか?」と貧しい男は言いました。「私が死んだら、三晩、私の墓の見張りをしてもらいたいのだ。」貧しいお百姓はこの頼みに心がかきみだされましたが、今の困っている状況では何でも承知するしかなく、その条件をのんで、麦を家に持ち帰りました。
金持ちはこれから起こることを前もって知っていたように思われました。というのはそれから三日経って突然ばったり倒れて死んでしまったのです。どうしてそうなったのか誰もはっきりとわかりませんでしたが、誰も悲しみませんでした。金持ちが埋められたとき、貧しい男は約束のことを思い出しました。男はその約束をできれば喜んで反故にしたでしょうが、「何と言っても、おれにやさしくしてくれたんだよな。腹のへった子供たちにあの人の麦を食べさせたんだ。それにそうでなくても、約束したんだから守らなくちゃいけない。」と思いました。夜になると、男は墓地へ入り、墓塚に座りました。辺りはシーンとして、月だけが墓の上にでていました。ときどきふくろうが飛んで過ぎてゆき、もの悲しい鳴き声をあげました。陽が昇ると貧しい男は無事に家に帰り、同じように二晩目も静かに過ぎました。
三日目の夜に奇妙な不安にとらわれました。何か起こりそうな気がしたのです。貧しい男がでかけると墓地の塀のそばに前に見たことがない男が見えました。その男はもう若くなく、顔にいくつも傷跡があり、目で鋭く熱心にあたりを見回していました。身をすっぽり古いマントで包んでいて、大きな乗馬靴しか見えませんでした。
「ここで何を探しているんです?」と農夫は尋ねました。「寂しい墓地がこわくないのですか?」「何も探してないよ。」と男は答えました。「それに何もこわくないよ。おれはぞっとすることを習いに行ってわざわざ苦労した若者と似たようなものさ。だけどあいつは王様の娘を妻にし大きな財産も手に入れたが、おれの方は貧しいままだ。おれはお払い箱の兵士さ。他に泊る所がないからここで夜を過ごそうとしてるんだ。」「もし怖くないのなら、私と一緒にいて、そこの墓の見張りを手伝ってくれませんか?」と農夫は言いました。「見張りをするのが、兵士の仕事さ。」と男は答えました。「ここで何が起こっても、それがよかろうと悪かろうと、二人で一緒に分けよう。」農夫はこれに賛成し、二人は墓の上に一緒に座りました。
真夜中まで辺りは静かでした。すると突然かん高い笛の音が空中に聞こえ、二人の見張り人に悪魔が形になって目の前に立っているのがわかりました。「そこをのけ、この野郎!」と悪魔は二人に怒鳴りました。「その墓の男はおれのものだ。おれが連れて行くんだ。退かなければ首をへし折るぞ。」「赤い羽根のおっさんよ。」と兵士は言いました。「お前はおれの隊長じゃない。お前に従う必要はないんだぜ。それにおれはこわがることをまだ知らないんでね。あっちへ行けよ。おれたちはここにずっと座っているよ。」悪魔は(この二人のごろつきをつかむには金が一番)と心で考え、もっとやさしい態度をとり、とてもやさしく、一袋の金をもらって家に帰りたくないかね?と尋ねました。「それは聴いてみるべきだな」と兵士は答えました。「だが一袋の金じゃ役に立たん。おれの長靴の片方に入るだけくれるんなら、ここを立ち退いて出ていくよ。」「今手持ちはそんなにたくさんない。」と悪魔は言いました。「だがとってくる。隣町に両替商がいておれと仲がいいから、すぐに手配してくれるさ。」
悪魔が消えると兵士は左の長靴を脱いで、「じきにあの炭焼きの鼻をあかしてやろう。おい、ちょっとあんたのナイフを貸してくれ。」と言いました。それで、長靴の底を切りとり、墓の近くの穴のふちの半分生い茂っている高い草の中におきました。「これでよし。」と兵士は言いました。「そろそろ煙突掃除屋が来るだろう。」
二人とも座って待っていると、まもなく悪魔が手に小さな金の袋をもって戻って来ました。「中に入れてみろ。」と兵士は、長靴を少し持ち上げて言いました。「だが、いっぱいじゃなさそうだ。」黒い悪魔は袋の中にあるものを振って全部空けましたが、金は底から抜け落ち、長靴は空っぽのままでした。「間抜けな悪魔め」と兵士はどなりました。「それじゃだめだ!一度そう言わなかったか?戻ってもっと持ってこい。」悪魔は頭を振って、行き、一時間するともっと大きな袋を腕のわきに抱えてきました。「さあ、入れてみろ。」と兵士は叫びました。「だが長靴はいっぱいにならないと思うな。」金は落ちながらチャリンチャリンと音がしましたが長靴は空っぽのままでした。悪魔は燃えるような目で自分でも中を覗き込みましたが、空っぽなことに納得しました。「お前はすごく太いふくらはぎをしてるんだな。」としかめ面をしながら悪魔は言いました。「おれがお前のようなひづめの足をしてるとでも思ったか?お前はいつからそんなけちになったんだ?もっと金を集めるようにしろ。さもないと取引は無しだ。」と兵士は答えました。悪魔はまた出かけて行きました。今度はもっと長く時間がかかり、ついに現れたときは、肩に背負っている袋の重さではあはあ喘いでいました。悪魔は長靴に袋の中身を空けましたが、前と同じようにいっぱいからは程遠いものでした。悪魔は憤然として長靴を兵士からひったくろうとしましたが、ちょうどそのとき、朝の太陽の光が空から差し込み、悪魔は大きな悲鳴をあげて逃げていきました。可哀そうな魂は救われました。農夫は金を分けようとしましたが、兵士は、「おれの分を貧しい人たちにやってくれ。おれはあんたの家へ行って、神様が許してくれる限り、残りで一緒に安楽に暮らそう。」と言いました。

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